8.152018
高卒でフィリピン留学し大学院に進学した話①
◆ この記事の目次 ◆
高卒の私がフィリピン留学し、大学院に進学するまで
こんにちは、フィリピン留学GESTカウンセラーのHIROです。
フィリピン留学に関わって早8年、留学は多くの人に新たな人生な可能性を与えるものだと考え、お客様の目標に近づける学校の紹介や学校運営を行ってきました。
かくいう私もフィリピン留学を通して人生が変わった一人であります。
「フィリピン留学後のキャリアはどうなったのか?」と問いへの一つのサンプルとして私のフィリピン留学体験談、「高卒でフィリピン留学し大学院に進学した話」を書いていきます。
今回は「高卒の私がフィリピン留学して大学院に進学するまで」をご紹介していきます。
18才で大学進学しなかった私
平成27年の日本の高校卒業者の大学進学率は男性が52%、女性が57%ほどです。人口の過半数が大学に進学するなかで、私は大学ではなく、美術系の専門学校に進学しました。しかし、軽い気持ちで学び出した私は早々に自分がクラスメートのような高いモチベーションや才能もないと努力することもなく学校を中退してしまいました。その後、漠然と「海外に大学に行きたい!」と夢を抱きながら、留学費用を貯めるために様々な仕事に就きました。数年務めた会社をやめて、27歳の秋にフィリピンへ語学留学にいくことができました!
基礎英語を身につけるためのフィリピン留学
フィリピン留学当初は、フィリピン留学の知名度は低く、学生の90%は韓国人!もちろん学食も韓国料理が毎日でてました。当時韓国文化や韓国料理が好きだった私にはとても充実した環境でした。本題の英語レベルというと・・・海外の大学へ進学したいといいつつも、TOEICスコアは僅か500点ほどと初中級レベル・・・リスニングやスピーキングもほぼ理解できないし、理解できないからいつも「ニコニコ」笑っている典型的な日本人留学生でした。12週間の留学生活で、思ったより自分の英語レベルが伸びないことに悩んだりしたこともありましたが、自分の言いたいことは簡単ですが言えるようになり、特別なTOEICの勉強はしていないにも関わらず700点前後は獲得できるまでとなりました。また、他の留学生たちと行ったビーチやレストランでの思い出はとても楽しく、今でも韓国や台湾に行けば、留学生時代の友人とお食事に行ったりするほど大切な友達ができました。
留学生としてのフィリピンでの生活はここで終わりましたが、その後縁あって語学学校のスタッフとして働くようになりました。10ヶ月ほど現地で勤務後、念願のカナダ留学へ行くこととなりました。
想像と少し違ったカナダ留学
フィリピンでの語学学校を離職後、カナダの大学へ進学するためにカナダでの語学学校でIELTSの勉強を始めました。多くの学生が自己主張をしっかりするため、自分の意見が一度も言えず授業も終わったこともしばしばありました。ただ、授業後には日本文化が好きなヨーロッパ人と観光地やビーチなどにも頻繁に遊びに行き、「これぞ!欧米留学!」という週末アクティビティにも参加できました。
日本よりも気温が低くく、寒暖差アレルギーを持つ私にとっては常に体調を崩していました・・・また、フィリピン留学の後に多くの人がかかる「フィリピンに戻りたい病」も発病笑 同時期に、留学代理店のフィリピン留学のスタッフとして採用され、日本やフィリピンの各地の語学学校で勤務することとなりました。
留学時代と違ったフィリピンでの生活
カナダ留学から帰国し、その1週間後には当時珍しかった日本資本の語学学校のスタッフとして勤務することになりました。学生時代の楽しいフィリピンの生活ではなく、現地で働くからこそ感じるフィリピン人スタッフの仕事に取り組む姿勢や文化の違いに苛立つこともありました。
その後、3年余りのフィリピンの語学学校勤務を通して、小手先の知識でマネージメントを行うのではなく、アカデミックな側面から企業の経営戦略や海外の労務管理などを学びたいと大学の進学を考え始め・・・(次回へ続く)
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